エコビレッジのたね-阿蘇ぐらしはじまる

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放射能の影響はありませんか?

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化学物質過敏症、アレルギーの方は、化学物質だけではなく、
放射能の暴露に対しても、様々な症状をあらわします。

目の異常。
湿疹。
咳や痰がとまらない。
だるい。
口内炎が出る。
めまいがする。
などなど。

東日本に暮らす方の中で、もしこのような症状があれば、転地をすることで
改善される可能性があります。

私が暮らす熊本南阿蘇は、熊本空港から車で30分。
湧き水と新鮮な野菜がご馳走の町です。

もし、熊本への転地や、移住などを検討されておられる方がいれば、ご相談
ください。

足がかりとしての情報のご提供、家探しなど、PPPJとして出来ることがあれば、
お手伝いさせていただきたいと考えています。

ご連絡は下記まで。
DMをお送りください。
rr-maki★group.email.ne.jp   (★を@に変えてくださいね。)
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# by piece-of-peace-pj | 2013-03-22 00:34 | たてもの

究極のエコビレッジ?

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考えてみれば、人は昔はみなエコビレッジに暮らしていたと言えるかもしれません。

自然に立ち向かうにはつながりを持つ必要があったでしょうし、助け合わなければ
暮らしがなりたたなかった。

以前に、熊本城の見学に行った際、よく出来た熊本城下の模型がありました。

よく見ると、城下町の中の庶民の家と思われる街区に、それぞれ畑があるではありませんか!

家で囲まれた中庭のように配置された畑。

現代の暮らし方の間違った点のひとつとして、暮らしと食が全く切り離されてしまった所にあります。
もし、身近に土に触れることが出来る場があって、家族が食べる程度に日々野菜を作ることが
できれば。
もう少し余裕のある暮らしぶりが出来るのでは?

東京の江戸川に、エコアパートを作った大家さんがいます。
パーマカルチャー塾に通い、その後、ご自身の持つ土地に畑つきのアパートを建てた方です。

太陽熱を利用したパッシブデザイン、雨水タンク、そして家の前に2坪ほどの畑。
無垢の木の家です。

熊本で、こういうアパートを実現できないでしょうか?

土地を持っている方、なにか意義のある使い方を模索している方、ご一緒に実現しませんか?

piece-of-peace project
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# by piece-of-peace-pj | 2013-01-19 21:10 | エコビレッジ

なにかが動いている

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piece-of-peace project

私が小学校のころ、日本でようやくテレビ放送が始まった。

衝撃的だったのは、日本で最初の海外からの映像が、ケネディ大統領の銃撃されたシーンだった。
小学校6年のころのこと。学校から戻って目に入ってきたのがその映像だった。

そのころは訳も分からず、なんとなく大変なことが起きたのだ、と分かった。

そして、ずっと後の今になって、あれはケネディ大統領がとった金融政策を面白くない
と思う連中による暗殺だった、と知ることになった。

思えば、ケネディ大統領暗殺後、衆目の面前で行われた暗殺、暗殺未遂がいかに
多かったか。衛星放送で遠く離れた日本でもそれを知ることになったから。

テレビの前で演説していた、ロバート・ケネディ議員が、参加していたその場の人間に
銃で撃たれた。画面に流れていたのだ。

あまりにも衝撃的な出来事だったけれど、そのころの教師たちは学生の私達に
なにひとつ、その出来事のあらましを伝えるものはいなかった。

おそらく、彼らも理解できる情報は与えられていなかったに違いないけれど。

911が10数年前に起こった。
あの時も、なにがなんだか分からない、という人はネット時代に入っていたので少ない
とは思うが、やはり真実は未だにつまびらかにはされていない。

311が起こった。
しかし、今、この国では何事も無かったように日常が続けられ、危険を知る人はおそらく
数パーセントなのだ。

1216の選挙。
殆どの危機感を持てない国民による選挙の結果は、ご承知の通りだ。

高度成長時代を過ごして生きてきた私達世代の人間、バブルを知らない人間。
ゆとり世代といわれる若者たち。

いつもいつも、常に経済は成長し、収入が増え、不動産の価値は上がり続ける、という
のが幻想だといつになれば人は気付くのか?

私の回りにいる人達は、とうの昔に気付いていた。
そして、これまでの生活を続けていては大変なことになる、と決断した。

阿蘇には、311前から後から、そんな人達が移住している。

なんとか、今住んでいる場で仕事をつくり、仕事をみつけ、友人をつくり、広がりを
つくる。

それは決して後ろ向きな姿勢ではなく、未来に映る自分たちの姿を見ているのだと
感じる。

デラという地域通貨も始まっている。
『円』にしばられることなく、高額な収入がなくても生きて行けること。
お互いのサポートをすること。(お互い様)
楽しいことを分かち合うこと。

ここで、新しく仕事が始まれば地域での暮らしの可能性が広がる。

地方で快適に楽しく暮らしていくこと。
都会ではなく。

なにが始まるのか、わくわくするのです。
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# by piece-of-peace-pj | 2013-01-17 15:12 | エコビレッジ

米軍ハウスぐらし

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昔、10代の後半、私は武蔵村山市の米軍ハウスに友人と一緒に暮らしていたことがあります。
写真は、そのころの場所と佇まいが似ているジョンソンタウン。

このころ、日本にもドロップアウトした若者たちが大勢いました。
いわゆる、大学へ行き、良い会社に就職することに価値を見いださない若者たちが。

私が18歳のころには、大学紛争、学生運動も下火になっていて、あまり大きな活動は
なかったと記憶しています。

都会に暮らしながら、フーテンをしている者たち(今のホームレスの若者との違いはよく
分かりませんが。)都会の暮らしから離れて、もっと別な価値観で生きて行く若者たち。

後者の人気の住まい方が米軍ハウスのある東京郊外にありました。

『限りなく透明に近いブルー』村上龍著の時代と重なっています。

そのころの若者には米軍ハウスの入居費はけっこう高額でした。
2LDKの庭付き一軒家が当時24000円くらい。
だから、友達とシェアして暮らしている人達が多かった。

最近になって、あのころの暮らし方は今でいうエコビレッジそのものだった!と気付いた
のです。

畑をしたり、自給自足をしている人は少なかったけれど、政府や国を頼らず、自分たち
の価値観で、人生、社会を作っていきたい、という考え方。
エリアに暮らす若者同士の交流は、今私が阿蘇で仲間達とシェアしているものと全く
同じでした。

ただ、エネルギーのこと、原発のこと、遺伝子組み換えの問題、農薬のことなど、今の
方がシリアスなテーマが大きく、楽観的な未来を描きにくくなっていることについて、私
は少し年上のものとして、大変申し訳なく思うことがあります。

当時は、いかにhappyに、一日一日を暮らして行くか、バンドをやったり、アクセサリーを
作ったり、物作りをしたりと、とても幸せな日々でした。

米軍の将校たちが基地を離れて生活していたそのエリアは、横田、福生、所沢、狭山
など、東京の各地にちらばっていました。

そのつくり方は、とても贅沢な土地の使い方をしていて、日本人が当時ウサギ小屋など
と呼ばれるほどの小さなスペースで一戸建てを建てている時代、疑問を持たないことも
無かったけれど。
庭でバーベキューをしたり、友人達とパーティーをしたり。
好きなだけ猫や犬を飼ってみたり。

貧乏だったけれど、毎日が輝いていたなあ、と思い出してしまいました。

あれから40年!
私は、またその楽しい日々を実現しつつあります。
もうすこし賢く、もう少し経験を積んできたからこそ、出来ることもあるし。

埼玉の入間にあるジョンソンタウンは、昔米軍ハウスとして貸していた家をリフォームし
また、平屋の新築をハウスのようなつくり方で作って、かっこいいエリアとして賃貸を
続けている場所があります。

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ここでは、暮らすだけではなくおしゃれなお店を始める人もいて、人気のスポットとして
映画の撮影場所として利用されたりしています。
やっぱり、仲間同士が集まり、自治会以上のつながりを作って暮らしています。

東京近郊の方は是非、行って見て下さい。
ただ、残念なのは建築費を削ったためか、内装に接着剤ばりばりのパネルを使っている
ため、私は数分も中にいると具合が悪くなってしまう所もありました。
昔ながらのハウスの方は、大丈夫でしたけれど。


ジョンソンタウン
http://isonocorporation.com/

九州で土地をお持ちの方!
新しい賃貸の町づくりをご一緒にスタートしませんか?!

エコビレッジをつくりませんか?木のいえ設計室くわくわ
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# by piece-of-peace-pj | 2013-01-14 22:53 | エコビレッジ

明けましておめでとうございます。

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阿蘇に移住して、早いものでもう1年が過ぎようとしています。

設計事務所を埼玉から熊本へ移し、あらたな土地でスタート。

どうぞよろしくお願いします。

このブログは、長い間、心と頭に描いて来たエコビレッジについて
書いていきたいと思って立ち上げました。

熊本、九州でこれからどのような動きになるか?
私自身も楽しみです。

私が暮らしている高森町、南阿蘇には311以降、沢山の家族が関東近隣から
移り住んでいます。

古い家をシェアーハウスをしていたり、それぞれに家を借りたりして、この土地での
暮らしを始めています。

地域の方から畑を貸して頂いて耕し始めている人。
自分たちで仕事を立ち上げた人。
阿蘇のおいしい野菜を販売する仕事を始めた人。

そして、それぞれがつながりを持って生きて行くことに積極的。
家と家は離れているけれど、今南阿蘇にはエコビレッジができつつある、と言えます。

ある程度の広さのある敷地に、家がぽつんぽつんと建ち、歩いていける範囲で行き来が
出来て、仕事や子育てをともにサポートしあいながら作っていく。
こんな場所が出来ればすてきです。

ここに集った人達の多くは、自分たちで家づくりをすることを目指しています。
土を練り、壁に塗る。
木を刻み、組み上げる。

これまでの日本では当たり前にあった、結という形での作業もあるでしょう。
お金ではなく、お互いに出来ることを交換する、というやりとりも始まっています。

一ヶ月に一度、ポトラック(もちより)でのお食事会も、阿蘇フォークスクールで実現
しそうです。

私自身、パーマカルチャー、トランジションタウン、というキーワードで熊本のご縁を
いただきました。

同じ価値感を持つ人との出逢いは、とても心強いものです。

こちらにきて、驚いたのは、関東ですでに知っている方と何人もお会いしたことでした。

都会暮らしに疑問を持ちながら、いつかは農的な暮らし、自然の中での暮らしを求めて
いた人達にとって、311の地震や原発事故は背中を押してくれる要因だったのかもしれ
ません。

かくいう私もその1人でした。

阿蘇の寒さも、春、夏の素晴らしさを思えばなんとか過ごせる。
そんな気持ちがします。

阿蘇での暮らし、エコビレッジのことなど、これからもよろしくお願いします。
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# by piece-of-peace-pj | 2013-01-06 21:19 | エコビレッジ